
「うちは長年の付き合いだから、口約束で大丈夫」
「契約書を作ると相手に失礼な気がする」
「忙しくて、毎回契約書なんて作っていられない」
中小企業の経営者から、よく聞く声です。
しかし、契約書を交わさない取引には、会社の存続を揺るがすほどの法的リスクが潜んでいます。
本記事では、契約書を整備していない企業が陥りがちなトラブルと、最低限押さえておくべき契約管理の基本を、弁護士の視点から解説します。
「口約束でも契約は成立する」でもそれが危険な理由
まず大前提として、契約書がなくても契約は法律上有効に成立します。
民法522条は「契約は、当事者の一方が申込みの意思表示をし、相手方がこれを承諾したときに成立する」と定めており、原則として書面は不要です。電話、メール、対面での口頭合意でも、契約は成立しています。
しかし、だからこそ契約書のない取引は危険です。
口約束で成立した契約には、「何を、いくらで、いつまでに、どのような条件で」という取引条件を客観的に証明する手段がありません。
トラブルが起きたとき「言った・言わない」の水掛け論になり、最悪の場合、裁判で自社の主張が認められないケースもあります。
特に中小企業では、社長が口頭で取り決めた条件を社内で共有していないことが多く、担当者の交代を機に取引条件が曖昧になるケースも頻発しています。
契約書がないとどうなる?実際に起きるトラブル3パターン
弁護士のもとに寄せられる相談のうち、「契約書がなかったために泥沼化した」事例は後を絶ちません。代表的な3つを紹介します。
パターン①売掛金を回収できない

「商品は納品した。請求書も出した。でも支払われない」
中小企業で最も多いトラブルです。
契約書がなければ、支払期日も遅延損害金の利率も明記されておらず、強い督促ができません。
「そんな金額で発注した覚えはない」「品質に問題があるから払わない」と言われれば、納品の事実や金額を証明する負担はすべて自社にのしかかります。
当事務所では、内装リフォーム業のクライアントから長年焦げ付いていた売掛金の回収依頼を受け、支払督促の手続きによって満額回収に成功した事例があります。
ただし、こうした強制的な手続きを取るには、契約内容を裏付ける証拠が不可欠です。
証拠が薄い案件では、回収できる金額が大幅に減ったり、そもそも着手できないこともあります。
パターン②仕様の認識違いで損害賠償を請求される

「依頼したものと違う」「期日に間に合わなかった」
仕様や納期の認識違いから損害賠償を請求されるケースも多発しています。
契約書に業務の範囲(スコープ)、納品条件、検収基準が明記されていなければ、後出しで「これも含まれているはずだ」「追加料金は払えない」と主張される余地が生まれます。
納品物の評価が分かれた場合、立証責任は受注側にあるため、契約書のない受注者は極めて不利な立場に置かれます。
パターン③取引先の倒産で全額損失

取引先が倒産したとき、契約書がないと債権の存在自体を破産管財人に立証できず、配当を一切受けられないことがあります。
また、所有権留保や担保設定の合意があったとしても、書面で残していなければ他の債権者と同列の扱いになり、優先的に回収することはできません。
「取引先は大手だから倒産しない」と思っていても、リーマンショックやコロナ禍の例を見れば、それが幻想であることは明らかです。
中小企業が最低限整備すべき契約書の種類
「すべての取引に契約書を」と言いたいところですが、現実的ではありません。優先順位をつけて、まずは以下から整備しましょう。
1.取引基本契約書
継続的に取引のある相手とは、毎回個別の契約書を作るのではなく、共通条件をまとめた基本契約書を1本締結しておきます。
個別案件は注文書・注文請書で対応すれば、運用負荷を抑えながらリスクをカバーできます。
2.業務委託契約書
外注先・フリーランスに業務を依頼する場合に必須です。
業務範囲の明確化はもちろん、後述する「偽装請負」リスクの観点からも、書面化が極めて重要です。
3.秘密保持契約書(NDA)
取引交渉に入る前、技術情報や顧客情報を共有する段階で締結します。
情報漏洩が起きた後では手遅れです。
4.売買契約書
高額な商品・設備の売買では、所有権の移転時期や契約不適合責任(旧・瑕疵担保責任)の範囲を明記する必要があります。
5.雇用契約書・就業規則
従業員10人未満の企業でも、雇用契約書はトラブル予防の最後の砦です。
試用期間、業務内容、賃金、解雇事由などを明記しておかないと、退職時の紛争で会社側が圧倒的に不利になります。
契約書で必ずチェックすべき4つの条項
契約書を作るとき、あるいは相手から提示された契約書を確認するとき、最低限チェックすべき条項を4つに絞って解説します。
1.契約の対象と業務範囲
「何を、どこまで提供するのか」が曖昧だと、後から追加業務を無償で求められたり、納品物の範囲で揉めたりします。
具体的に列挙し、含まれないものも明記しておくのが理想です。
2.代金と支払条件
金額、支払時期、支払方法、遅延損害金の利率を明記します。
遅延損害金は法定利率(現行年3%)より高い年14.6%程度を設定しておくのが実務上の相場で、これがあるだけで支払いの優先順位が変わります。
3.契約期間と解除条件
自動更新の有無、中途解約の可否、解除事由(無催告解除事由を含む)を明確にします。
特に「相手が倒産・支払停止に至った場合に即時解除できる条項」は必須です。
4.損害賠償の範囲と上限
損害賠償の範囲を「直接かつ通常の損害に限る」「賠償額の上限は契約金額まで」などと定めておかないと、想定外の高額請求を受けるリスクがあります。
自社に不利な契約を結ばないためのポイント
相手から契約書を提示されたとき、特に注意したい「危険サイン」があります。
「相手の都合がよすぎる条項」を見抜く
- 一方的な解除権が相手にだけ認められている
- 損害賠償の上限が自社側にだけ設定されている
- 知的財産権がすべて相手に帰属する
- 管轄裁判所が遠方に設定されている
- 「乙の責に帰すべき事由」の定義が広すぎる
こうした条項は、相手の弁護士が「自社(=相手側)に有利になるよう」作り込んだ結果です。
そのまま署名すれば、トラブル時に自社が一方的に不利な立場に置かれます。
「修正交渉してもよい」と知る
契約書は、提示された通りに署名する必要はありません。
気になる条項に赤字で修正案を返すのは、ビジネス実務では一般的な作法です。
「修正を申し入れたら取引を切られる」と恐れる必要はなく、合理的な修正であれば多くの場合受け入れられます。
ただし、どこを、どう修正すれば自社を守れるのかは、法的知見がなければ判断が難しいのも事実です。
「気になる条項」と「致命的な条項」を見分けるには、専門家のチェックが欠かせません。
まとめ:トラブルを未然に防ぐ「攻めの契約管理」を

契約書の整備は、コストではなく投資です。
トラブルが起きてから弁護士に相談すると、解決までに数ヶ月から数年、数十万円から数百万円のコストがかかります。
一方、事前に契約書を整備しておけば、そもそもトラブルが起きにくく、起きても短期間で有利に解決できます。
当事務所は現在、IT、建築、地方ケーブルテレビ局、健康サロン、内装リフォーム業、飲食店、コンサルタント、スクール運営会社、他士業など、約20社の中小企業様と顧問契約を結び、契約書チェックや売掛金回収のご相談に日々対応しています。
「自社の契約書を一度全部見直したい」
「相手から提示された契約書が不安」
「過去の取引で契約書がない案件があり、リスクが心配だ」
こうしたお悩みがあれば、まずは一度ご相談ください。
顧問契約をご検討の場合、初回のご相談から、自社の業種・規模に合った契約書の運用設計までサポートいたします。
契約書を整えることは、会社を守ること。「いつかやろう」を「今日やる」に変える、その一歩を、私たちがお手伝いします。

代表弁護士 保坂 康介(弁護士法人FORWARDジャパン)
秋田県秋田市出身、1977年12月生まれ
明治大学政治経済学部卒業、旧司法試験合格(2007年)、弁護士登録(2009年、第一東京弁護士会)
「争い・トラブルを好まず、紛争になる前の話し合いによる解決を大切にする」ことを信条としています。
2014年10月に法律事務所FORWARDを開設、2025年3月に現在地(渋谷区)へ移転
