「産休・育休に入る前にせっかく昇給したのに、復帰したら給与が元の額に戻されていた」
「休んでいた分だから仕方ない…と思おうとしたけれど、やっぱり納得できない」
結論から言うと、このような“昇給リセット”は、多くのケースで違法(または違法の可能性が高い)です。「休んでいたのだから当然」という感覚だけで給与を下げることは、法律上そう簡単には認められません。
一方で、すべての減額が違法というわけでもありません。合法と違法の分かれ目こそ、実は多くの会社が見落としているポイント。本記事では、育休復帰後に今までの昇給がリセットされてしまったケースについてわかりやすく整理していきます。
※本記事は一般的な法律情報の解説です。個別の事情によって結論は変わりますので、具体的なケースは弁護士にご相談ください。

まず結論:「育休を理由にした昇給リセット」は原則NG
根拠となるのは、育児・介護休業法 第10条です。
事業主は、労働者が育児休業の申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
つまり、育休の取得を“理由として”給与を下げる・昇給を取り消すことは、法律が禁止する「不利益取扱い」にあたります。
厚生労働省の指針でも、禁止される不利益取扱いの具体例として、次のような行為が挙げられています。
- 減給をすること/賞与等で不利な算定をすること
- 昇進・昇格の人事考課で不利益な評価をすること
- 降格させること など
「昇給した分をなかったことにして元の額に戻す」というのは、まさにこの減給・不利益算定にあたりうる行為。感覚的な“お休み分の調整”とは、法律上まったく意味が違います。
「合法」と「違法」の分かれ目
ここが最重要ポイント。「働かなかった期間」の扱い方で、はっきり分かれます。
合法になりうる場合(“働かなかった分”だけの調整)
- 育休で実際に働いていない期間について、その期間分の賃金を支払わない(ノーワーク・ノーペイの原則)
- 賞与・退職金を「実際の勤務日数」で計算している会社が、育休で休んだ日数分を日割りで控除する
違法になりやすい場合(“休んだ分”を超える不利益)
- 育休を取ったことを理由に、復帰後の基本給そのものを育休前より引き下げる
- すでに確定していた昇給を取り消し、据え置く
- 「◯か月以上育休を取った人は翌年度は昇給なし」といった、育休だけを特別に不利に扱うルール
- 実際に休んだ期間を超えて不利に算定する
判断の軸はシンプルで、「休んだ期間分の調整」の範囲にとどまっているかどうか。その範囲を超えて基本給まで引き下げていれば、違法と判断される可能性が高くなります。
さらに、いったん上がった基本給を後から下げる行為は、労働条件の不利益変更にもあたります。原則として本人の“真意に基づく同意”が必要で、「規程にそう書いてあるから」だけでは正当化できません。
「育休から1年以内」は特に要注意
行政の運用では、育休の終了から1年以内に減給などの不利益取扱いがあった場合、原則として「育休を理由とした(=違法な)取扱い」と判断されます。
しかも、定期昇給のように実施時期があらかじめ決まっている措置は要注意。1年を過ぎていても、復帰後に初めて迎える昇給のタイミングで見送られれば、「育休を契機とした不利益」と評価されることがあります。
「1年経ったからセーフ」とは限らない、ということ。

裁判でも「昇給リセット」は否定されている
- 近畿大学事件(大阪地裁)
9か月の育休を取った男性講師の定期昇給を見送った扱いについて、「休んで働かなかったことによる効果を超える不利益を与えるもの」として、育児・介護休業法10条違反と判断されました。 - ある医療機関の事件(大阪高裁)
「3か月以上育休を取ると翌年度の職能給を据え置く」という規定について、遅刻・早退・年次有給休暇・労災休業は据え置きの対象外なのに、育休だけを不利に扱っているとして無効と判断されています。 - 最高裁 平成26年10月23日(広島中央保健生協事件)
妊娠を契機とする降格は、特段の事情がない限り原則として違法・無効と判示。この考え方は、育休をめぐる不利益取扱いにも及びます。
裁判所の姿勢は一貫していて、「育休だけを狙い撃ちにした不利益」は認められないというのが実務の到達点です。
【経営者・人事の方へ】“うちは規程どおり”が、実は一番危ない
ここまでは主に「従業員側」の視点で見てきました。ただ、より深刻なのは会社側のリスクです。
昇給リセットの多くは、悪意があって行われているわけではありません。「賃金規程にそう書いてある」「休んだ期間があるのだから当然」。そんなふうに、“よかれと思って”“ルール通りに”運用した結果、気づかないうちに違法状態になっているケースが非常に多いのです。
しかし、これが不利益取扱いと判断されると、会社は次のようなリスクを負います。
- 労働局からの行政指導、悪質な場合は企業名の公表
- 差額賃金・損害賠償・慰謝料の支払い
- 他の従業員への波及、採用・定着への悪影響
男性の育休取得も当たり前になりつつある今、育休を取る社員は今後さらに増えていきます。だからこそ問われるのが、「昔から使っている賃金規程・査定ルールが、現在の法律に照らして適法かどうか」。これは、問題が起きてからでは取り返しがつきません。
一度、次の点を点検しておくことをおすすめします。
- 賃金規程・育児介護休業規程に、育休取得者を不利に扱う条項が残っていないか
- 復帰者の給与・賞与の算定方法が、「休んだ期間分の調整」の範囲にとどまっているか
- 定期昇給・人事査定の運用が、育休取得者だけを不利にしていないか
育休の労務トラブルは「起きる前の設計」がすべて
育休をめぐる不利益取扱いは、従業員にとっては生活とキャリアに直結する問題であり、会社にとっては金銭・信用の両面に及ぶ大きなリスクです。
弁護士法人FORWARDジャパンでは、育休をめぐる労務問題について、次の2つの形でサポートしています。
まずは個別のご相談から
「この昇給リセットは違法ではないか」「復帰者への対応が適切か不安」といった、いま目の前にある疑問への回答・対応方針のご提案。従業員側・会社側、どちらのお立場でもご相談いただけます。
継続的にリスクを防ぐ顧問契約
トラブルは、起きてから対応するより、起きない仕組みをつくるほうが圧倒的に低コストです。顧問契約では、就業規則・賃金規程の定期的なリーガルチェック、育休取得・復帰時の運用設計、日常的な労務相談まで、いつでも相談できる体制で企業をサポート。「気になったときにすぐ聞ける弁護士」がいることが、最大のリスク対策になります。
「うちの規程は大丈夫だろうか」。そう感じた瞬間が、見直しのベストタイミング。まずはお気軽にご相談ください。

代表弁護士 保坂 康介(弁護士法人FORWARDジャパン)
秋田県秋田市出身、1977年12月生まれ
明治大学政治経済学部卒業、旧司法試験合格(2007年)、弁護士登録(2009年、第一東京弁護士会)
「争い・トラブルを好まず、紛争になる前の話し合いによる解決を大切にする」ことを信条としています。
2014年10月に法律事務所FORWARDを開設、2025年3月に現在地(渋谷区)へ移転
